Rosso Laboratory

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主に鉄道模型シミュレーター(VRM)などの仮想鉄道アプリを扱うブログです。またHDR写真の記事も書いています。

勝手にCVレビュー「番外編:VRM4CV情景論」

さて、前回の続きが書き上がったので即アップです。
(これだからイカンのだろうなぁ、文章が)

なお文章だけですのでご注意を。


前回紹介した沖ノ鳥島さんの作品に対して「情景」の「情」の部分が少し弱いのではないかという旨を書きましたが、私が思うに、これは畑の違いというものが潜在的にあるのではないかという気もしています。

恐らく沖ノ鳥島さんは鉄道模型レイアウトという視点から情景を作られていると思われますが、一方の私は鉄道模型レイアウトを作った経験はなく、情景はタミヤミリタリーミニチュアシリーズ(以下MM)のジオラマ作りの視点から作っています。

ここに、この「情」に対する捉え方の大きな違いがあるのではないかと感じている部分があるのです。

沖ノ鳥島さんの「ローカル駅」はストラクチャによって「情」を醸し出している部分があることは前回書きましたが、このストラクチャによって「情」を表現しようとするのが鉄道模型レイアウトの手法なのかもしれないと私は感じています。

というのも、鉄道模型はやはりNゲージの1/150というスケールが中核を担っていると思いますので、この小スケールでは人形という存在はかなり小さく、存在感自体が結構弱い感じがします。また鉄道模型レイアウトにおいては車両が走行するという動作が存在しますので、そちらの方が非常に大きな存在になってしまうのであろうとも思います。ついでにもう1つ付け加えると、小スケール故に実スケールにおける再現面積も大きくなり、その敷地内で全てが完結する形態が多いということも要因になっている気がします。

一方、MMは1/35スケールで、人形の表情すらも見てとれます。動かすことも出来なければ、そんなに大きな再現面積もとれません。故に人形にその情景を語らせて、そこには情景として作っていない空間さえも見る者に感じさせるというような手法がとられたりします。フィギュアが情景として作っていない空間を指差していたら、そこに敵か何かがいるのだろうと思わせるという具合に。よって、最初から「景」で「情」を語るようなことはあまり目指しません。それは空間的に極めて難しいことですし、フィギュアに演じさせる方が遥かに楽だからです。

私はミニチュア自体が好きなので、鉄道模型レイアウトもよく見ますし好きなのですが、MM出身なので鉄道模型レイアウトにはいつもこの「情」の部分が弱く無機質的な印象を受けます。しかし、それは性質上仕方のないことだとも思っています。ドラマ性とか空間的な広がりというものはそれほど鉄道模型レイアウトには求められてはいないのだろうと思っていますので。

ここまでで、鉄道模型レイアウトとMMジオラマの性格の違いはおわかりいただけたでしょうか? ただの自論ですが。

さて、そうなるとVRMのビネットというものはどちら寄りにした方が良いのか?という問題に突き当たります。まぁこの答え自体は簡単で「好きなようにすれば良い」ということになりますが、それではつまらないので少し掘り下げましょう。

まず、VRMはバーチャル世界ですからスケールの違いというものは存在しません。ビネットを遠くから眺めれば1/150になるでしょうし、近くから見れば1/35にもなるでしょう。CVはストレート部で30cm×60cmのサイズですから、鉄道模型レイアウトから見れば小さく、MMジオラマから見れば結構大きいという非常に中途半端な大きさです。よって、これまたどちらでも良いという結論に達してしまいますが、ビネットは車両が走行できないジオラマであるという点から、敢えてここはMM寄りの考え方にした方が面白いのではないかという風に訴えてみたいと思います。

ちょっと脱線しますが、合同製作プロジェクト001用のCVを進めている時にふと「レイアウトとジオラマって何が違うのだろうか?」という疑問が生じました。

Wikipediaで「ジオラマ」を調べてみると、鉄道模型においては、車両が走れるものが「レイアウト(Layout)」(小さいものはパイク(Pike)と呼ぶらしい(ネットVRM界では45-50sさんが使用される用語))で、車両が固定されているものが「ジオラマ(Diorama)」(特に小さいものはビネット(Vignette))ということらしいです。意外と単純な分類方法です。

であれば、「鉄道車両が固定されている」=「MMにおけるAFVの扱いと同じ」と捉えて、その周囲の部分で鉄道車両を生かす情景作りを目指すというのが面白いのではないかと考えます。実際のビネット作品にもそういうものもありますし、そこにこそ情景を作る楽しみが存在しているはずです。そのためにはやはりフィギュア等を使って、何らかのドラマ性というもの持たせた方がより奥深くなるのではないかと感じます。

前のレビューではあまり書きませんでしたが、foxさんの作品の特徴として非常に多くの人形が配置されている点が挙げられます。時には「幾らなんでも多すぎじゃないっスか?」というぐらいに多いこともあります。で、この多さは作品を通してのメッセージだと私は勝手に解釈しています。1つは「もっと人形の種類増やせよアイマジック」、もう1つは「もっと人形使えよユーザー諸君」と。

VRM4の人形は見る方向で向きが変わってしまうので、MMのような演技のさせ方はできないという欠点がありますが、無いよりは遥かにマシです。VRMのレイアウトを見ていると全体的にまだ人形の使用量が少ない気がしますので、この辺がVRM界のレイアウト作りにおける今後の課題ではないかと勝手に思っています。別にNゲージに合わせて人形を減らすこともないでしょう。Nゲージの人形は馬鹿高いですが、VRMの人形は幾ら数を使っても費用は同じなんですから。


CVは繋げて走らせることを前提としたビネットの規格ですが、そのCVという作品は繋げる云々とは関係なく、まずは1つのビネットという作品なのですから、重かろうが何であろうが自分が表現したいと思う作品を徹底的に作ってもらうのがベストであると私は考えています。

最初から繋げることを目的とした無機質的なLWCVなんて見てもあまり面白くないでしょ? そういうつまらないものは私が作りますのでご安心下さい(笑)。

やはり魂を込めた作品でなければ見る者に感銘は与えられないでしょうし、それにそういう作品だからこそ繋げて走らせてみたいと思うものだと私は思います。

「魂を込める」=「部品密度を高める」ということには必ずしもなるわけではなく、沖ノ鳥島さんの今回の作品のように部品数を少なくしても「景」においてバランスをとることもできるのですから、CVの究極的な目標は「部品数は最低限にしてもなお、見る者に感銘を与える作品」ということになるのではないでしょうか。かなりハイエンドなテーマではありますが。

まぁ私自身はゴチャゴチャとした情景が好きなので、そういうCVをもてはやすでしょうし、その究極の目標を目指すことも多分ないでしょう(笑)。こればっかりは好みの問題なんで仕方ないです。


最後にMMジオラマ出身の私のバイブルであったシェパード・ペイン著「How to Build Dioramas」から、鉄道模型レイアウト出身の方(多分殆どの方がそうではないかと思いますが)に言葉を贈りたいと思います。昔の記憶なんで一字一句正確には覚えていませんし、そんなことは既にわかっているという方も勿論いらっしゃるでしょうが、

ジオラマはそこにある景観を切り取るものではなく、そこに展開されている人間のドラマを切り出して魅せるものである。」

確かこんな感じ。「鉄道車両を魅せるために作っているんだから、そんなの関係ねぇ」と言われればそれまでの話ですが。