Rosso Laboratory

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主に鉄道模型シミュレーター(VRM)などの仮想鉄道アプリを扱うブログです。またHDR写真の記事も書いています。

R35かR40な話

単なるオッサン(1968年生まれ)の昔話なので、若い人にはピンと来ない可能性が高いだろうと思われる話です。1970年前後の生まれの方だと、ちょうど思い当たるフシがある話ではないでしょうか。

なお、この記事(というよりも雑談)ghost氏の問いかけに答えているようで答えていないような、答えていないようで答えているような、そんな感じです(笑)。主題は接近しつつも微妙(?)に違うことなので。
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VRM4第10号で14系客車が登場したこともあり、最近、ghost氏は14系や24系のブルートレインを再現しておられますが、私にとっては14系や24系のブルートレインというものがどうにもピンと来ません(最近ようやく慣れてはきましたが)。勿論14系の登場で「北陸」等の再現も考えてはいた訳ですが、結局のところ、今作っているレイアウトで走らせているブルートレインは20系「あけぼの」になっています。私にとっては14系や24系の青が12系の色に近いこともあり、どうしても「団体専用客車」というイメージから抜け出せないのですわ。



ghost氏が1972年(昭和47年)、私が1968年(昭和43年)の生まれと、僅かに4年間しか違わないのに、ブルートレインの客車が片や14系&24系、片や20系というこの差は一体何処から来るのだろうか? 以前から少し興味があったので、この際ということで調べてみました。

なお、調査に用いさせてもらった資料は「夜行列車資料館」というサイトの「寝台特急の変遷(車両遍歴)」です。

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大分ブランクがありますが、私が鉄道に嵌っていた子供の時期は小3~4の間、つまりは1977~78年(昭和51~52年)で、まだTOMIXが登場したばかりの頃だったと思います。なので、よく眺め、憧れていた鉄道模型のカタログは関水金属(当時KATOというブランド名が使われていたかどうかは流石に記憶にないです)のものでした。

その当時(昭和51年)のブルートレインの客車を列挙しますと、

東海道方面
 あさかぜ・・・・20系
 さくら・・・・・14系
 はやぶさ・・・・24系25形
 みずほ・・・・・14系
 富士・・・・・・24系25形
 瀬戸・・・・・・20系
 出雲・・・・・・24系25形
 いなば・・・・・14系
 紀伊・・・・・・14系

東北方面
 ゆうづる・・・・24系
 あけぼの・・・・20系
 北星・・・・・・20系
 北陸・・・・・・20系

となっています。

私は当時東北線(現宇都宮線)沿線に住んでいたので、常磐線を走る24系「ゆうづる」には殆ど縁がありませんでした(「ゆうづる」は東大宮操車場に回送されていたらしいので出会っていた可能性もありますが)。また、東海道を走るブルートレインは写真でしか見たことがないので、VRM入道「寝台特急“ゆうづる”」でghost氏が仰っていることに近いことですが、ヘッドマークの写った電気機関車からしか見た記憶しかなく、客車のことを気にしたことがありませんでした。

そんな訳で、上野や大宮で見られた20系こそがブルートレインの客車であると、子供心にすり込まれたようです。よくよく調べてみると20系ブルートレインの最晩年だった訳ですが。なお、東北方面のブルートレインヘッドマークがなくて地味なせいか、写真で見た記憶は殆どありませんし、見ていたとしても印象に残っていません。恐らく実物が見られたということも特に注目しなかった要因としてあるのでしょう。

しかしながら、当時の花形ブルートレインはやはり東海道ブルートレインでしたが実物を見る機会は殆どなく、東北線の花形は485系「ひばり」や583系はつかり」のような電車特急でした。なので、ブルートレインよりも583系寝台特急の方が更に身近だったし、子供心にカッコ良いと思っていましたね。

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さて一方、ghost氏が同じく小3だったと思われる頃(つまり昭和55年)を比較対象とすると、

東海道方面
 あさかぜ・・・・24系25形
 さくら・・・・・14系
 はやぶさ・・・・24系25形
 みずほ・・・・・14系
 富士・・・・・・24系25形
 瀬戸・・・・・・24系25形
 出雲・・・・・・14系
 いなば・・・・・(出雲に統合)
 紀伊・・・・・・14系

東北方面
 ゆうづる・・・・24系25形
 あけぼの・・・・24系
 北星・・・・・・14系
 北陸・・・・・・14系

となり、見事に20系は寝台特急ブルートレインという第一線から退役しています。多分、寝台急行用に格下げされたのでしょうね。

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ということで、僅かに4年間の違いですが、ちょうど20系ブルートレインの末期であったことと、新型車両の導入が遅れる東北方面の車両を私が見て育ったことの2つが揃い、このブルートレインの客車に対する思い出の違いを生み出しているのでしょう。

故に、環境によって多少違いはあるでしょうが、20系をブルートレインの中心車両と見る世代は私がギリギリのラインで、40才以上ということになるのではないでしょうか。

まぁ我ながらどうでもイイ話だったけど、これで多少はスッキリしましたわ(笑)。

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最後に当時の私にとって身近だった列車が掲載されているサイトを紹介しておきます。「汽車・電車1971~」というサイトで、その中の「日暮里・鶯谷1973~1976」がドンピシャリといったところです。このページの中で、何故か、キハ28、キハ181、157系は見た記憶がないんですが、多分、高崎線常磐線経由の車両だったのでしょう。

ここに掲載されている懐かしきEF57はNゲージで手に入らなかったので、HOゲージだけど天賞堂のものを購入しようかどうか悩んでいる(笑)ところですが、「八甲田」「津軽」「天の川」という名称も非常に懐かしいです。懐古趣味に走りつつありますなぁ(笑)。